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ラスベガス最古のカジノはどこ?その誕生と歴史について解説

アカギ

ギャンブル全般が大好きな、34歳。 競馬や競艇をメインに立ち回っていたが、現在は、オンラインカジノとパチンコがメイン。 オンラインカジノ歴は、2年。

ラスベガスといえば、「カジノ!」と即答できるくらい、この二つは切っても切れない関係ですよね。

ラスベガス市内には多くのカジノがありますが、その中には歴史的建造物として価値が高いものもあります。

では、ラスベガス最古のカジノは一体どこなのでしょうか?この記事では、ラスベガスのカジノの歴史について解説していきます!

ラスベガス最古のカジノ「ゴールデン・ゲート」

ラスベガスの歴史をさかのぼると、20世紀初頭にはすでにカジノがあったとされています。その中でも、最も古いカジノは、フレモント・ストリートにある「ゴールデン・ゲート・ホテル&カジノ」です。

このカジノは、1906年に開業した、ラスベガス最古のカジノです。ただし当時は、カジノという概念がまだ一般的ではなかったため、カジノという言葉は使われていませんでした。

ラスベガスのカジノは、マフィアとの関わりが深いというイメージがありますが、実際には、資本家たちの参入により、国際的な都市に成長していきました。現在では、世界中から多くの観光客が訪れ、ラスベガスはカジノの街として人気があります。

ラスベガスのカジノの歴史

ラスベガスは、現在世界有数のギャンブルの街として知られていますが、その歴史はそう長くはありません。

1940年代当初は、カジノが数件ある程度で、まだそれほど大きな都市ではありませんでした。ところが、1950年代に入ると、カジノが次々と建設され、急速に発展していきました。

ラスベガスがカジノの街として発展するきっかけとなったのが、ニューヨークのマフィア、ベンジャミン・シーゲル氏です。シーゲル氏は、巨額の資金を投じてラスベガスにカジノを建設。

彼のカジノは、当時のラスベガスのカジノとは一線を画し、高級感あふれる施設でした。シーゲル氏に続いて、他のマフィアもラスベガスに続々と進出し、カジノの建設が進んだのです。

日本でも、カジノ解禁の動きがあります。現在、日本ではカジノが合法化されていませんが、政府はカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致を進めており、2020年代にはカジノ解禁が実現する可能性があります。日本のカジノは、ラスベガスと同様に、高級感あふれる施設となることが期待されています。

ラスベガス最古のカジノ「フラミンゴ・ラスベガス」

1946年にベンジャミン・シーゲル氏が建てた「フラミンゴ・ラスベガス」もまた、ラスベガス最古のカジノとして知られています。ラスベガス大通り(ストリップ)の歴史そのものとも言える存在感を放っています。

創業当初はうまくいかず、2週間で30万米ドルの損失を出して休業しましたが、1947年に再オープンした後、徐々に利益が上がり始めます。現在はシーザーズ・エンターテイメントが運営しており、老舗カジノホテルとして多くの観光客に愛されています。

ちなみに、このカジノ名は、シーゲル氏の愛人ヴァージニア・ヒルの愛称から付けられているとか。また、このホテルはシーゲル氏について描いた映画『バクジー』をはじめ、数々の小説や映画などの舞台になっています。

ラスベガスは、一流のレストランやショッピングなど、カジノ以外のエンターテイメントでも知られており、フラミンゴ・ラスベガスも例外ではありません。その名の通り、中庭には、フラミンゴや動物がいっぱいいて、プールで遊ぶこともできちゃいます。ラスベガスのトップアトラクションと言っても過言ではないフラミンゴ・ラスベガス、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

ラスベガスの人気老舗カジノ

ラスベガスには多くの老舗カジノが存在します。ここで一部を紹介しましょう。

ゴールデン・ゲート・ホテル&カジノ

20世紀初頭にオープンしたゴールデン・ゲート・ホテル&カジノは、ラスベガスで最も古いホテル&カジノの一つ。

当時は、カジノの規模は小さく、わずかなスロットマシンブラックジャックテーブルしかありませんでしたが、現在は大幅に拡張され、多くの種類のゲームが楽しめます。

ビンゴ・パレス

1977年にオープンしたビンゴ・パレスは、ラスベガスで最も長い間営業しているビンゴホールの一つ。

カジノフロアには、スロットマシンビデオポーカー、ブラックジャック、ルーレット、クラップスなど、さまざまなゲームがあります。

フラミンゴ・ラスベガス・ホテル&カジノ

1946年にオープンしたフラミンゴ・ラスベガス・ホテル&カジノは、ラスベガスで最も有名なカジノの一つ。

当時は、カジノフロアにはルーレット、クラップス、ブラックジャックバカラなどのゲームがあり、フランク・シナトラやディーン・マーティンなどの著名人も訪れていました。現在でも、多くの種類のゲームが楽しめます。

これらの老舗カジノは、ラスベガスの歴史を代表する存在であり、多くの観光客に愛されています。

ラスベガスのカジノの今後

ラスベガスのカジノは、現在でも世界的に有名で、多くの観光客が訪れていますが、最近では、オンラインカジノの人気が高まり、ラスベガスのカジノ市場にも影響が及んでいます。

そのため、ラスベガスのカジノは、今後も変化し続けることが期待されています。常に新しい技術やサービスを導入し、顧客に最高のギャンブル体験を提供することを目指しているようです。

例えば、より多くのエンターテイメントやショッピング施設を建設したり、より豪華なホテルやスパを提供したりすることで、顧客のニーズに応えることができるでしょう。

さらに、ラスベガスのカジノは、より多様な顧客層を獲得することが求められています。例えば、より多くのアジア人観光客を引き付けるための施策などです。また、若年層を取り込むためにも、より斬新な施設やサービスを提供すべきでしょう

よくある質問

最後に、よく寄せられる質問に答えていきます。

ラスベガスで最初にできたカジノはどこ?

ラスベガスで最初に「カジノ」として開業された施設は、1931年にオープンした「Northern Club」とされています。

当時は、カジノというよりも単なる酒場でしたが、その後カジノとして発展していきました。現在では、その場所に「La Bayou」というカジノがあります。

ラスベガスで2番目にできたカジノはどこ?

ラスベガスで2番目にできたカジノは、1931年にオープンした「Las Vegas Club」です。当時は、Northern Clubよりも大きなカジノでした。現在は、その場所には新しいカジノが建設されています。

ラスベガスで一番最近取り壊されたカジノはどこ?

ラスベガスで一番最近取り壊されたカジノは、2017年に取り壊された「Riviera Casino」です。Riviera Casinoは、1955年にオープンし、ラスベガスを代表するカジノの一つでしたが、老朽化や経営の問題から2015年に閉鎖され、その後取り壊されました。

ラスベガスを作ったのは誰?

ラスベガスを作ったのは、1931年にネバダ州でカジノを合法化した政治家のThomas Hull(トーマス・ハル)と、彼が支援した実業家のJ. Kell Houssels Jr.(J・ケル・ハウセルス・ジュニア)です。彼らは、ラスベガスをカジノの街として発展させ、現在のラスベガスの基盤を作り上げました。

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